最高裁判所第一小法廷 昭和37年(オ)912号 判決 1964年4月02日
上告人
小林栄次郎
上告人
高木兵蔵
右両名訴訟代理人弁護士
手代木隆吉
岡田介一
被上告人
橋本美瑳
右訴訟代理人弁護士
奥村仁三
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人手代木隆吉、同岡田介一の上告理由第一について。<省略>
同第二第一点について。<省略>
同第二第二点(一)について。<省略>
同第二第二点(二)、第三点前段について。
所論は、上告人らの表見代理の抗弁を排斥した原判決には、理由不備または理由そごの違法があると主張する。
しかし、取引の安全を目的とする表見代理制度の本旨に照らせば、民法一一〇条の権限踰越による表見代理が成立するために必要とされる基本代理権は、私法上の行為についての代理権であることを要し、公法上の行為についての代理権はこれに当らないと解するのが相当である。(尤も、私法上の法律関係に関連して公法上の行為につき代理権を与えられた者は、何らかの私法上の行為についてもまた代理権を与えられている場合が多いであろうし、その場合は、その私法上の行為についての代理権が前記の基本代理権となり得ることは勿論である。)本件の場合、上告人らは、山田喜代松の判示抵当権設定契約につき、被上告人に効力の及ぶ民法一一〇条の表見代理の成立を主張するのであるが、原審の認定判示するところによると、山田が被上告人より依頼されて被上告人のために処理した行為は印鑑証明書下付申請行為という公法上の行為であつて、山田が一定の私法上の行為につき被上告人の代理人であり代理権を有していたことの具体的な主張がなく、その立証もない、というのであるから、右原審の確定した事実関係のもとでは、本件抵当権設定契約につき表見代理の問題を生ずる余地がないとした原審判断は正当である。原判決に所論の違法はなく、引用の判例は事案を異にして本件に適切でない。それ故、所論はすべて採るを得ない。
同第二第二点(三)について。<省略>
同第二第三点後段、第四点について。<省略>
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官入江俊郎 裁判官斎藤朔郎 長部謹吾)
上告代理人手代木隆吉、同岡田介一の上告理由
第一、第二第一点、第二第二点(一)<省略>
第二点 (二) 百歩を譲り右の事実と証拠を以つては末だ代理権の存在を認容するに足らぬとすれば山田の行為は所謂権限踰越の行為で有つて上告人は同人に被控訴人(被上告人)の代理権有りと過失なく信じ且つ正当の理由が有るので有るから本人で有る被上告人(被控訴人)に於て其の責に任じなければならない。
訴外人山田は被上告人の内縁の夫で有り昭和二五年十月以来山田は自らの幼児(小学校在学)二人と共に同棲して居り病弱と自称する被上告人(他に収入はない)の生活費をも訴外人の負担で有り、上告人から送荷した百四拾万余の商品は殆んど全部を投げ売り及入質し被上告人及山田父子の生活費に消費されて居る事実証人山崎要次郎、本人小林栄次郎被上告人本人及証人山田喜代松の証言及所轄区役所へ印鑑証明書の下付申請を委任し実印を持参させた等の事実を併せ考へると同訴外人が同人の為め法律上、事実上の事務処理につき相当範囲の代理権限を有してゐた事は認められるので有つて従つて上告人に於て本件抵当権設定契約(担保提供)につき代理権有りと信ずる事は正当な理由が有る。蓋し権限踰越の場合に於ける基本的代理権は必ずしも法律行為に限らないし又その代理権の種類の同種同質のもので有る必要はない。事実行為で有つても又公法上の代理行為で有つても差支ない。
此の事は大審院判例最高裁判所の判例の示す所で有つて左の如きものを抜萃する。
(判 例)
1 基本的代理権限が事実的行為で有る例
薪炭製造販売する者が唯一人の雇人を遠く離れた山中で相当長期に亘り従業せしめ、その製造量も相当多量に及んだのに現場に赴いて指揮監督することがない場合には製造保管につき必要な範囲で代理権を与へたと見るべきで有る、その雇人が代理人として売渡す契約をし引渡をした場合には民法第百十条の適用が有る。(昭和十六年(オ)第八〇号同年六月二六日大審院判決)
2 雇人の主人の為め時々工事賃等の支払を為し又は主人を代表して工事上の行動した事実が有るときは此の事実は第三者が右雇人に代理権ありと信じて資金貸付の契約した場合にも代理権有りと信ずべき正当理由となり得ないものでもない。(明治三七年(オ)第五九八号大審院判決)
3 或る種の事項につき若干の代理権を有するなら代理権限外の如何に異つた事項につき又如何に広範囲に代理人として行為した場合で有つても民法第百十条に該当する。(昭和十五年(オ)第八一五号十六年二月二八日大審院判決民集二〇巻二六四頁)
4 他人に対し自己の印鑑を交付し之れを使用して或る行為を為すべきことを委托した者はその者が本人と誤信した他人との間で締結した委托外の法律行為につき責を免れない。(昭和八年(オ)第四五一号同年八月七日大審院判例)
◎本件に於ける山田が偽造に非らざる改印を委托外の行為に使用したもので有ると見る場合に一致する例で有る。
然るに原審は、抵当権設定登記申請行為は公法上の行為で有るから行為自体について表見代理の法理が適用ないこと勿論、抵当権設定契約は私法上の行為で有るけれども山田が被控訴人から依頼されて処理した行為は印鑑証明書下付申請で公法上の行為で有る。
山田が私法上の行為につき代理権を有してゐたことの具体的の立証がなく主張もない本件に於ては抵当権設定契約につき表見代理の問題を生ずる余地がない故に表見代理を主張する控訴人等の抗弁は理由がないと断じたが抵当権設定登記申請行為は公法上の行為で有る事に異議はない申請行為は抵当権設定契約の履行行為なので有る設定契約で有り其の契約の成立が代理か、権限踰越の行為か、無権代理の追認か、を論ずるので有つて抵当登記申請行為が表見代理だと主張するのでは毛頭ない。(所謂表見代理は民第一〇九条で有り上告代理人の云はんとするのは民第一一〇条の権限外行為の場合で有る。)
従つて此の点に関する原判決は何れから見ても理由不備又は齟齬が有つて破棄されるべきもので有る。
第三点
原審は抵当権設定登記申請行為は公法上の行為で有り印鑑証明申請行為も公法上の行為だからこの証明申請行為の委托は私法上の所謂基本的代理権ではないから表見代理の法理は適用されないと断じ(表見代理と越権代理との誤りか)印鑑証明申請の如き公法上行為の権限が有つても所謂越権代理の場合に於ける基本的代理権とは云へないと云ふので有るがその誤りで有ること前述並に判例列挙の通りで有る。<後段―省略>
第四点<省略>